ココニテ行動美術協会結成ス

ココニテ行動美術協会結成ス

愛知県碧南棚尾の妙福寺という大きいお寺へ少しむくんだ顔の、異様な風体の男が七人、リュックをかついで東と西からたどりついたのが行動美術協会というものの形をととのえようとした最初の集りであった。岡崎市の小野英一という篤志家と、妙福寺の加藤良信和尚の奉仕的な好意によった事を忘れてはならない。

田辺、田中は、その頃は万里の果ての距離ともいえる北海道にあった・・・(創立10周年記念号“行動”古家新追憶文より)当時東海道線は鈍行だけで車窓から乗降客は網棚から屋根の上まで溢れた。「万里の果ての北海道」も誇張ではなく、東西の中間棚尾を選んだ意味も痛いほど良く解る。

「行動美術35年の小史」 より引用